狗鷲タイムス

楽天イーグルスを中心に管理人が気に入ったスレをまとめるブログです

    77星野仙一SA

    1: 風吹けば狗鷲 2018/07/23(月)20:30:30 ID:i37
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    ミヤテレより

    2: 風吹けば狗鷲 2018/07/23(月)20:32:58 ID:i37
    ちなみに青山の今季成績
    28試合2勝0敗8ホールド 防御率2.20

    引用元: 【朗報】星野仙一、青山が戦力外になるのを阻止していた

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    1: 風吹けば狗鷲 2018/07/21(土) 11:12:31.14 ID:bAXNQPVka

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    【投手】
    川上憲伸
    岩瀬仁紀
    田中将大
    涌井秀章
    成瀬善久
    ダルビッシュ有
    上原浩治
    和田毅
    藤川球児
    杉内俊哉

    【捕手】
    阿部慎之助
    里崎智也
    矢野輝弘

    【内野手】
    荒木雅博
    中島裕之
    宮本慎也
    西岡剛
    新井貴浩
    川崎宗則
    村田修一

    【外野手】
    青木宣親
    森野将彦
    稲葉篤紀
    佐藤隆彦

    引用元: 北京五輪星野ジャパンのメンバーwnwnwnwnwnwnw

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    80年を超えるプロ野球の歴史は、それぞれの球団、それぞれの監督や選手たちが紡いできたものだ。1人1チームを原則に、名将、名選手たちが時空を超えて集結。オールタイムの“優勝チーム”を探してみよう。

    V戦士と14年間の功労者

     2004年の球界再編で近鉄が消滅した一方で、新たに誕生した東北楽天ゴールデンイーグルス。分配ドラフトなどで近鉄に所属していた選手たちが中心となった51年ぶりの新球団だが、1年目の05年はダントツの最下位。その後も低迷が続いた。

     野村克也監督4年目の09年に初のクライマックスシリーズ進出。星野仙一監督3年目、チーム9年目の13年に初優勝、日本一に。迎えた18年で14年目となる若いチームで、ここでも14年間のベストオーダーとなるが、まだ歴史は浅いながら、すでに多くのドラマを描いている。

     率いるのは“闘将”星野監督。楽天で唯一の優勝、日本一監督でもあり、中日や阪神を優勝に導いてきた星野監督にとっても唯一、日本一を経験したチームだった。

    【ベストオーダー】
    監督・星野仙一

    一(遊)渡辺直人

    二(二)藤田一也

    三(左)鉄平

    四(指)アンドリュー・ジョーンズ

    五(一)銀次

    六(三)ウィーラー

    七(右)岡島豪郎

    八(捕)嶋基宏

    九(中)聖澤諒

    投手 田中将大

     13年のV戦士たちに現役選手が混在するラインアップとなった。リードオフマンは現役の茂木栄五郎でもいいが、18年に復帰した渡辺直人を選んだ。現在は西武にいる松井稼頭央に代わって遊撃に入る。07年に初の最下位脱出に貢献した功労者で、当時と同じ一番・遊撃となった。

     日本一イヤーと同じ二番・二塁で続くのが現役屈指の守備職人でもある藤田一也。三番には、初代の選手会長、主将で、チーム第1号本塁打も放った礒部公一もいるが、ここでは09年に首位打者となって初のCS進出に導いた鉄平を据えた。

     四番・指名打者では楽天へ移籍して完全復活を遂げた山崎武司もいいが、やはりV戦士のジョーンズだろう。ともに助っ人として日本一に貢献した三塁手のマギーは巨人の現役選手でもあり、その穴は現役のウィーラーが埋める。打順は五番でもいいが、その五番には17年の五番打者だった銀次を置き、新旧の長距離砲に挟む形に。

     七番も現役からで、13年は一番打者が多かった岡島豪郎。右翼が多い岡島の存在で、外野ならどこでもこなした鉄平が左翼に。完全なレギュラーではなかったが、現役の枡田慎太郎、島内宏明も外野のV戦士だ。そんな外野陣にあって、圧倒的な堅守を誇るのが聖澤諒。ここでは九番打者として打線をつないでいく。

     そして、不動の司令塔は嶋基宏。日本一イヤーの正捕手でもあり、楽天の歴史を象徴する1人だ。

    【東北楽天ゴールデンイーグルス 闘将が率いる犬鷲軍団/球団別オールタイム・ベストオーダー】の続きを読む

    1: 風吹けば狗鷲 2018/06/07(木) 00:03:44.15 ID:RVr2QK6t0
            ____
          /__.))ノヽ
          .|ミ.l ,  .、 i.)
         (^'ミ/.´・ .〈・ リ     
         .しi   r、_) | 
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          ノ `ー―i

    交流戦
    10位 中日●●●●
    11位 楽天●●●●●
    12位 阪神●●●●●

    引用元: 天国の星野仙一「どれどれワシが育てたチームは頑張っとるかな」

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     今年1月に亡くなった楽天・星野仙一副会長(享年70)の後援会「大仙会」(会長=西川善文・元日本郵政社長)が5日、解散を発表した。解散については規約で「星野仙一が球界を退く時」と定められており、4日に役員会と総会を開いて決定した。

     「大仙会」は星野氏が阪神の監督に就任した2002年シーズンに、「虎仙会」として発足。星野氏が楽天の監督に就任した11年シーズンから「大仙会」と改称した。約400万円の活動費余剰金は遺族を通じ、白血病の治療支援機関に全額を寄付するとしている。

     アメリカ・テネシー州にあるケーシー・マギーの家の寝室には、妻と婚約したときの写真があり、そのとなりに1本の豪華な腕時計が飾られている。マギーはブランド品に興味がなく、普段はTシャツ、ジーンズ姿で過ごすことがほとんどだ。だから、この時計をもらったとき、マギーはどこのブランドなのかもわからなかった。

    【写真】プロ野球「新外国人全員診断」セ・リーグ編。あの選手はタイトル候補?

     しかしこの時計は、金額はもとより、マギーにとって忘れることのできない”一生の宝物”なのである。

     文字盤には日本国旗の日の丸を思わせる赤い石の装飾が施されており、その下に「77」と記され、裏面にはマギーの名前が彫られている。その時計を見るたび、マギーはあの激闘を思い出すのだった。

     マギーが”一生の宝物”というこの時計は、2013年に巨人との日本シリーズを制し、球団創設初の日本一になったあと、当時背番号77を着けていた星野仙一監督(故人)から贈られたものだ。

    「本当に感動しました。日本シリーズが始まる前、なんとしても星野監督を日本一にしようとA・J(アンドリュー・ジョーンズ)と話していました。その思いが、日本シリーズを戦うモチベーションになりました。おそらく我々の思いは星野監督に届いていたと思います。私にとっても初めての優勝でしたが、それ以上に星野監督を日本一にさせることができて、本当に幸せでした」

     その時計には日本一になったことだけではなく、もうひとつの思い出があるとマギーは言う。

    「自分のキャリアのなかで、こんなに選手と監督との信頼関係が素晴らしい1年はありませんでした。星野監督は我々を受け入れてくれて、ただの助っ人じゃなくて本当の意味で楽天の一員として戦うことができた。私にとって、それは何よりも嬉しいことであり、意味のあることでした」

     ただ、時計を受け取ってから長い間、マギーは星野監督と会う機会がなかった。なぜなら、2013年の活躍が評価され、その翌年、再びメジャーに戻ることになったからだ。

     しかし昨年、巨人と契約したマギーは、春のキャンプで星野氏と再会を果たした。マギーは「正直、緊張していました」と言って、こう続けた。

    「星野さんにとって巨人は生涯のライバル。そのチームと私が契約したことで、星野さんは怒っているんじゃないかと……」

     もちろん、怒っているはずもなく、会えばなごやかな雰囲気となったが、実はマギーは本当に星野監督を恐れていたときがあった。それは楽天と契約し、A・J、斎藤隆とともに仙台で会見を開いたときのことだ。そのときマギーは「この契約は失敗だったかも……」と思ったと言う。そのきっかけとなったのは、星野監督と会うのに斎藤隆がすごく緊張していたからだった。

    「斎藤さんは日本でも実績があるし、メジャーでも成功した選手です。当然、星野監督がいる部屋に真っ先に入るものだと思っていました。そしたら斎藤さんが『先に入って』と、緊張した表情で僕らに言ってくるんです。『なぜ?』と思ったと同時に、星野監督ってどれだけ怖い人だろうと……。

     実際に会うと、オーラはすごかったけど、ビジネスライクだったから、そのときは何も思いませんでした。ただホテルに戻り、インターネットや動画で検索すると、とんでもない人だと(笑)。審判に殴りかかろうとしたり、相手選手に激怒したり……。とにかく迫力のある映像ばかりで、なぜこんな人が私をチームに呼んだんだと……不安しかありませんでした」

     それでも、マギーの不安はすぐに解消された。春季キャンプ初日、選手たちは特別のランニングメニューが組まれていた。マギーもそのメニューを消化しようとすると、誰かがマギーの肩に手を置いた。慌てて振り返ると、星野監督が立っていて、マギーとA・Jにこう言った。

    「自分の判断で、もう十分に走ったと思ったら、それ以上はしなくていいぞ」

     そしてマギーには、もうひとつ忘れられない瞬間がある。ある日のこと、ひとりでいたマギーに星野監督が歩み寄り、英語でこう言った。

    「お前たちの話していることは、全部わかっているんだぞ(笑)」

    【マギーが「一生の宝物」という腕時計。今も忘れ得ぬ闘将との熱い日々】の続きを読む

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