狗鷲タイムス

楽天イーグルスを中心に管理人が気に入ったスレをまとめるブログです

    名取北高校

    1: 風吹けば狗鷲 2019/07/22(月) 20:45:30.08 ID:XOAsmMXI0
    no title

    柴田・平塚監督(左)は応援に駆けつけたOBの楽天熊原(右)と握手をかわす


    <高校野球宮城大会:柴田3-1名取北>◇22日◇4回戦◇仙台市民球場

    柴田が白熱した投手戦を制した。


    144球11奪三振の熱投で1失点にしのいだ左腕平間優希投手(3年)は「ピンチではスイッチが入って三振をとれた」。

    打線は、名取北・高沢優斗投手(3年)に5安打に封じられながら、5回にスクイズ、7回には2死三塁からセーフティーバントを決めるなど、小技で得点を奪った。

    この日はOBの楽天熊原が応援に駆けつけ、恩師の平塚誠監督(46)と握手。「悔いの残らないよう1戦1戦戦ってほしい」とエールを送った。

    引用元: OB楽天熊原も応援!柴田が白熱投手戦制す/宮城

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    1: 風吹けば狗鷲 2018/11/03(土) 11:08:00.09 ID:dae7hNcMr
    https://sp.kahoku.co.jp/tohokunews/201811/20181103_14029.html
    立花社長は2016年秋、当時西武の岸投手が東北楽天と移籍交渉した際の裏話を紹介。100勝以上していた岸投手は多くの球団が獲得を検討した選手だったが、東北楽天とだけ移籍交渉に応じたという。
     立花社長は「彼には西武に残る以外は、古里のチームを優勝させたいという考えしかなかった」と岸投手の思いを代弁した。

    引用元: 立花陽三(楽天球団社長)「岸は複数球団から交渉申請があったが、楽天とだけ交渉に応じた」

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    https://sp.kahoku.co.jp/sports/eagles/20180719_07.html

     2002年の高校野球宮城大会2回戦。仙台市の宮城球場(現楽天生命パーク宮城)で、プロ注目の高井投手が151キロの剛速球で度肝を抜き、優勝候補の東北が完勝した。入れ替わって三塁ベンチに名取北ナインが足を踏み入れた。主戦岸投手は同級生外野手に連れられ、「時の人」に声を掛けた。「高井君、お疲れ」。後にプロの舞台で再会する2人の高校時代唯一の邂逅(かいこう)だった。
     高井は02年秋のドラフトで2球団競合の末、1位でヤクルトへ。投手では大成しなかったが、野手転向後登録名を「雄平」に変え、14年には外野手でベストナインに輝いた。岸は東北学院大で飛躍し、希望枠で西武入り。通算119勝を誇る。楽天生命パーク宮城が本拠地の東北楽天で、17年からエースとして活躍する。
     16年前のこの出会いを2人は覚えていなかった。岸は「鳴り物入りだった東北の1年生のダルビッシュ(米大リーグ・カブス)を試合前に探した気がする」。高井も「地元テレビで好投手として岸が紹介されていた記憶だけはある」
     また夏が来た。敗れても、球児たちには不屈の気持ちを持ってほしい。岸も雄平も最後の夏に甲子園に行けなかったが、プロでは一流になった。(金野正之)

    1: 風吹けば狗鷲 2018/07/09(月) 10:34:36.19 ID:mez84Hj60
    丸刈りにしなくていいなら、と野球部入り 楽天・岸投手
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180709-00000015-asahi-spo

    >――名取北に進学したのはなぜですか。

     自宅から近かったから。野球部を見て学校を選んだのではなく、本当にそれだけの理由で選びました。

     ――野球部に入部した経緯は。

     社会人野球の監督をしていた父の影響か、幼いころからプラスチックのバットを振っていたようです。
    小学3年からは少年野球チームに入り、中学も野球部でした。
    高校では、体験入部のときに坊主頭が強制ではないと知り、「坊主にしなくていいなら」と、入部を決めました。




    やっぱ坊主ってアカンやろ
    これが嫌で他競技行くやつもおるし

    引用元: 楽天 岸「坊主にしなくていいなら野球部に入ります」と言って入っていた

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    1: 風吹けば狗鷲 2017/07/15(土) 13:36:01.01 ID:O85WeKnh0
    中学3年生だった岸投手が進学先に選んだのは、野球では無名とも言える宮城県立名取北高校だった。

     名取北か別の県立高校かで迷って、とりあえず一番近いところって感じで選びました。私学の強豪校に行くつもりは、全くありませんでした。
    野球自体、どれだけやろうと思っていたか。入部前に、坊主か坊主じゃないかを確認しました。坊主じゃなくてもいいというので入ったんです。

     当時はとにかく坊主が嫌でした。進学を考えた別の高校はその年の1年生は坊主にしていたので、行かなくてよかったと思いました。
    そちらにいったら多分、野球をやっていない。そんななめた考えだった奴が、よくここまで来たなと思います。

    2: 風吹けば狗鷲 2017/07/15(土) 13:36:28.47 ID:O85WeKnh0

    495: 風吹けば狗鷲 2017/07/15(土) 14:17:27.76 ID:WrSt34E70
    no title

    熱投する名取北高時代の岸孝之投手=2002年7月、第84回宮城大会

    522: 風吹けば狗鷲 2017/07/15(土) 14:19:12.12 ID:fDJZEq4VM
    >>495
    地区予選の弱小進学校とかにいそうな髪型

    引用元: 楽天岸「坊主強制の野球部にだけは入りたくなかった。坊主強制だったら野球やめてた」 

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    1: 風吹けば狗鷲 2017/07/15(土) 14:54:42.56 ID:VIday4V10
     第99回全国高校野球選手権大会(朝日新聞社、日本高野連主催)の地方大会が開幕した。100回大会の節目を目前にして、今年こそ東北勢初の全国制覇への期待が膨らむ。今季から楽天イーグルスに移籍し、ふるさとのファンを沸かせている岸孝之投手も、元高校球児。当時の思い出を振り返ってもらった。

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    【写真】楽天の岸孝之投手=福留庸友撮影


     中学3年生だった岸投手が進学先に選んだのは、野球では無名とも言える宮城県立名取北高校だった。

     名取北か別の県立高校かで迷って、とりあえず一番近いところって感じで選びました。私学の強豪校に行くつもりは、全くありませんでした。野球自体、どれだけやろうと思っていたか。入部前に、坊主か坊主じゃないかを確認しました。坊主じゃなくてもいいというので入ったんです。

     当時はとにかく坊主が嫌でした。進学を考えた別の高校はその年の1年生は坊主にしていたので、行かなくてよかったと思いました。そちらにいったら多分、野球をやっていない。そんななめた考えだった奴が、よくここまで来たなと思います。

     野球部に入ったが、練習はあまり熱心ではなかったという。甲子園は、はるか遠い存在だった。

     遠投はやっていました。そのころは何も考えずに、遠くにボールを投げたいなと。甲子園に行こうという気持ちは全くなかったですね。私学強豪には、完全に名前で気後れする感じでした。3年生の夏の宮城大会前は、なるべくなら勝って、同級生のみんなと少しでも長く野球をやりたいなという思いはありました。

     でも正直に言うと、大会日程が高校の球技大会とまるかぶりだったんです。そっちも出たいな、負けたら出られるなとか。そういうことも考えていました(笑)。

     そして迎えた最後の宮城大会。1回戦はコールドゲームの参考記録ながら無安打無得点の好投を見せる。1死球がなければ完全試合だった。その投球が、観戦していた東北学院大の監督の目にとまる。相手チームの主力だった息子を見に来ていた。この偶然が、岸投手の野球人生を大きく開くことになる。

     運があったんだと思います。野球は本当に何が起こるか、どこで伸びるかわからない。僕は随分適当にやっていましたが、頑張っていれば、誰かが見ていてくれるんだと思います。そして運良く今、プロ野球の世界にいます。

     2回戦は試合の途中から大雨。守備陣が乱れ、自責点ゼロながら敗れた。名取北の監督だった田野誠さんは「ここで不完全燃焼だったことが、その後の飛躍の原動力になったのでは」とみる。ただ、岸投手自身はクールに振りかえる。

     それなりの自信があって勝てると思っていましたが、田んぼのようなグラウンドだった。後悔といったら天気ぐらいで、これはどうしようもない。最後までやらせてくれた審判の方々には、本当にありがたいと思いました。

     無名の高校球児から、プロ野球界のエースへ。誰もが夢見るストーリーを実現させた岸投手。現役球児たちに贈る言葉とは――。

     僕自身は野球と高校生活、両方を楽しくできたのがよかったと思っています。一回も負けないチームはほとんどない。チームがひとつになって、負けても後悔のないようにするのが一番です。

     甲子園の代表校がどこになるのかなって、プロになってからもずっと注目しています。(構成・津布楽洋一)


         ◇

     〈きし・たかゆき〉 1984年12月4日生まれ、仙台市太白区出身。名取北高校では甲子園出場経験なし。東北学院大学では2006年春の仙台六大学で35季ぶりのリーグ優勝に貢献し、日米大学、世界大学選手権の代表にも選ばれた。
    この年の大学生・社会人ドラフト希望枠で、西武に入団。投手陣の柱として活躍し、08年は日本シリーズMVPに輝いた。14年にはロッテ戦で無安打無得点試合を達成した。16年までのプロ10年間で103勝65敗1セーブを記録。16年オフにFAで楽天に加入した。背番号11。右投げ、右打ち。身長180センチ、体重77キロ。

    引用元: 楽天岸「無名でも頑張っていれば誰かが見

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