狗鷲タイムス

楽天イーグルスを中心に管理人が気に入ったスレをまとめるブログです

    引退

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      楽天・田中が東京五輪への一歩を踏む。11月に行われる日米野球の侍ジャパン入りを果たした。「(稲葉監督も)東京五輪へ向けて、選手を使えるか試したいという思いがあると思う。足と守備でアピールしたい」と意気込む。 

     2年目の今季は105試合に出場し打率・265、18本塁打、21盗塁を記録。新人王の有力候補となり、代表入りも果たした。両打ちの日本代表といえば昨季までの同僚で、オフの自主トレをともにした西武・松井ら数人しかいない。13年WBCに出場した「師匠」と仰ぐ先輩に続き、日の丸を背負い国際大会に出場するためにも、代表に定着できるだけのインパクトを残したいところだ。

     その「師匠」は今季限りでの引退を発表した。ともにプレーした1年間で教わったのは技術だけではない。「審判の方に敬意を払うとか。裏方さんに感謝をすることとか。道具を大事にするとか。そういうことを言われたことが一番覚えている。人としての鑑だと思う。全てが格好良い」。野球選手としてだけではない。一人間としての心も教わった。

     恩に報いるために。プレーで成長した姿を見せることが何よりも喜ばれることを知っている。「(侍ジャパンは)凄い選手ばかり。(先発だけでなく)いつでも、どこでもいけるように準備したい」。田中和基の日本代表としての第一歩を「師匠」も必ず見ている。(記者コラム・黒野 有仁)

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    西武対ソフトバンク 胴上げされる西武松井(撮影・鈴木正人)
    <パCS
    ファイナルステージ:西武5-6ソフトバンク>◇第5戦◇21日◇メットライフドーム

    今季限りで引退する西武松井稼頭央内野手(42)が、慣れ親しんだ本拠地の遊撃の位置に座り込んで手をつき、感謝と別れを告げた。

    日本シリーズ進出を逃した試合後、選手たちの手で背番号と同じ7度、宙を舞った。選手とともにグラウンドを1周すると、最後は1人で三塁側ベンチを飛び出し、左翼スタンドのファンにあいさつ。

    その左翼からの帰り。遊撃の位置に立つと、大歓声の中、そっと手をついた。走攻守3拍子そろった希代の名遊撃手は、ファンと家族に見守られながら、現役最後の試合を終えた。

    1: 風吹けば狗鷲 2018/10/20(土) 16:18:50.75 ID:rgm2yylE0
    巨人のマギーが20日、米国へ帰国する出発前に羽田空港で取材に応じ、今季限りで現役を引退する可能性を口にした。
    クライマックスシリーズ(CS)の敗退が決まった19日の広島戦後に号泣。
    「最後の試合かもしれない可能性を考え、チームメートともお別れかもと思うとこみ上げるものがあった。誇りに思う野球人生だった」と涙を流しながら語った。

    ただ、まだ最終的な決断は下していないという。「帰って妻としっかり話し合って、家族にとって何が最善か見いだせないと何とも言えない」と話した。
    https://this.kiji.is/426277614794998881?c=39550187727945729

    引用元: 【悲報】マギー、引退

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    <ニッカンスポーツ・コム/プロ野球番記者コラム>

    特別な感情は湧かなかったという。

    今季限りで現役を引退する西武松井稼頭央外野手(42)だ。

    まだクライマックスシリーズが残っているが、6日のソフトバンク戦(ヤフオクドーム)がレギュラーシーズンとしては日米通算25年間のラストゲームだった。試合前に聞いた。

    「今日は、特にね。この前のホーム3つ。あれだけの声援を頂いたからね」

    9月27日に引退会見を開いた。その日からのソフトバンク3連戦(メットライフドーム)では、松井が登場するたびに場内は割れんばかりだった。幸いだったのは、同3連戦の後は札幌、千葉、そして最後に福岡とビジターで回れたこと。行く先々で、相手チームのファンからも拍手で迎えられ、歓声で送り出された。

    1つだけ心残りがある。

    「仙台がね。7年間、お世話になったからなあ。雨で中止になってれば、またやれたのになあ、なんて思ったけど、そううまくはいかないね」

    引退会見した日の前カード、9月24、25日は仙台で今年最後の楽天戦だった。チームメートには意思を伝えていたが、まだ公にはしていなかった。スタンドの声援は相変わらずだったが、2試合のうち、どちらかが雨で流れていれば…。10月に振り替えられたであろう試合では、引退を明らかにした身で、もう1度プレーできた、という、ささやかな願いだった。

    日本球界に復帰した11年、当時の星野監督の熱烈オファーを受け、楽天を選んだ。7年の間、さまざまなことがあった。大震災。日本一。最下位。思い出は尽きない。昨オフ、コーチ打診を断り、現役続行を求め町を後にした。

    単身赴任だった。試合後のご飯が楽しみだった。よく通ったのは、近所のトンカツ屋さん。

    「おいしかったなあ。大将が、僕が記録を出すたびにお祝いしてくれた」

    西武は松井に対し、来季はコーチ専任でオファーする見込みだ。選手とは違う形になるが、仙台を訪れる機会は、すぐに訪れそう。

    「また、何かの形で行けたらね」

    杜(もり)の都との再会を楽しみにしている。【西武担当 古川真弥】

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181009-00354050-nksports-base

    1: 風吹けば狗鷲 2018/09/27(木) 07:33:40.97 ID:b1fZZ4Wt0
     楽天・今江年晶内野手(35)が26日、PL学園の先輩であり、昨季までチームメートとしてプレーした西武・松井稼頭央外野手(42)が今季限りでの現役引退を発表したことに、思いを語った。



     今江は「寂しいですね。高校の先輩ですし、楽天に移籍してから一緒にやらせてもらって、野球だけでなく野球以外のところでも学ばせて頂いた」と話した。
    「あれだけの成績を残していても、高卒1年目というくらい貪欲に、最後まで残って練習していた。僕が楽天に移籍してその姿を見せて頂いて、これだけ練習されるから、あれだけの立場にいらっしゃるんだなと思いました」と、野球に対するひたむきな姿勢に胸を打たれたという。

     松井本人から引退の報告を受けたといい「聞いたときは泣いてしまいそうになりました。すてきな先輩です」と話していた。

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180926-00000099-dal-base

    引用元: 楽天・今江「すてきな先輩」引退の西武・松井稼頭央との思い出語る

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    1: 風吹けば狗鷲 2018/09/27(木) 07:27:14.19 ID:DW5R1JiO0
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    遠征先の仙台から新幹線に乗る松井(撮影・尾崎 有希)

    https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2018/09/27/kiji/20180927s00001173055000c.html
     昨季まで楽天に所属した西武・松井が今季限りでの引退を発表したことを受け、PL学園の5学年後輩でもある楽天・平石監督代行が思いを語った。

     「(引退は)本人から聞きました。会って伝えたかったと言ってくれた。残念ですけどね。本人が決めたことなのでね。第一は“寂しい”ですよ」

     松井が大リーグから日本球界に復帰した11年は平石監督代行もチームメートとしてプレーした。

     「(松井に)憧れていた選手はたくさんいた。僕もその中の一人だった。一緒にプレーすることになるとは思っていなかった。ここ(楽天)で一緒にやる以前は、ほとんど関わりがなかったから。もの凄く怖い人かなと思っていた」

     しかし、実際に会ってみると先入観は大きく覆された。

     「後輩の面倒見も良いし、こちらから頼っていっても拒まない。人の良さというのは、衝撃的だった。後輩から言うのは厚かましいが、すぐに打ち解けたし、気を許せた。すぐに腹を割って話せるようになった」

     11年オフに平石監督代行は現役を引退。コーチとして再スタートを切った。1軍の打撃コーチ補佐を務めた13年。遠征先の宿舎で松井から連絡を受けた。 
    「ちょっと部屋に行ってもいいかと。打撃が思うようにいかん、と相談してくれた。2時間近く過去や、その時の映像を見ながら。僕も思うままに伝えて。それを聞き入れてくれた。指導者になった以上、僕も遠慮なくやっていたし、(松井は)僕に敬語を使ったり、気を遣ってくれた」

     2人の濃密だった時間。回想する指揮官の表情はどこかうれしそうだった。

    引用元: 楽天・平石監督代行 PL先輩、西武・松井との日々「もの凄く怖い人かなと」

    1: 風吹けば狗鷲 2018/09/26(水) 05:13:12.92 ID:hC3Smo9n0
    https://news.yahoo.co.jp/pickup/6298046
    西武松井稼頭央外野手(42)が今季限りで現役を引退することが25日、分かった。

    日米通算25年目の今季、テクニカルコーチ兼任で15年ぶりに西武復帰。ただ、ここまで出場23試合にとどまり、15日には出場選手登録を抹消された。1軍に同行しながら練習を続けているが、チームが10年ぶりの優勝へ突き進む中でユニホームを脱ぐ決断をした。近く球団から発表される見込みだ。



    希代の名選手が大きな決断をした。松井は今季、15年ぶりに古巣の西武に復帰。選手として1回り以上若い後輩たちと汗を流し、テクニカルコーチとしても指導してきた。若手が多いチーム事情があり、出場機会は限られたが、志願して2軍戦に出場するなど手を抜くことは一切なかった。

    15日の登録抹消後も1軍に同行し、今回の仙台遠征にも参加した。ベンチ入り可能なコーチ数には限りがあるため、NPBの登録上は兼任を外れている。試合はベンチ裏で観戦するしかない。そういう状況にあっても、試合後のコーチミーティングまで出席。置かれた立場で最大限、チームに貢献する姿勢を崩さないまま引退を決めた。

    93年ドラフト3位で、PL学園から西武入り。1年目から両打ちに挑戦し、努力で左打ちをマスターした。高い身体能力を開花させ、2年目から1軍定着。02年には打率3割3分2厘、36本塁打、33盗塁でトリプルスリーを達成した。

    守備だけでなく、走攻守全てがトップレベルにあり、遊撃手の概念を変えた。03年オフに海外FA権を行使。内野手として初めて日本球界から米メジャーに移籍し、メッツ、ロッキーズ、アストロズで計7シーズン躍動した。09年には日米通算2000安打を達成した。

    11年の日本球界復帰の際は、星野監督率いる楽天を選んだ。東北の新興球団に経験を伝授。キャプテンとして引っ張り、13年には球団初のリーグ優勝、さらに日本一へと導いた。15年からは外野手に転向。新境地を開き、NPB通算2000安打もクリアした。

    プレーを続けるモチベーションを問われ「ユニホームを着られていること。現役である限り、1本でも多くヒットを打ちたい」と答えたことがある。目の前の1プレーに対し、常に全力だった。功績は計り知れない。10年ぶりの優勝を花道に、野球人生に1つの区切りをつける。

    ◆松井稼頭央(まつい・かずお)1975年(昭50)10月23日生まれ、大阪府東大阪市出身。PL学園では投手として甲子園に出場。93年ドラフト3位で西武入団。内野手に転向し、最多安打2度、盗塁王3度。02年に打率3割、30本塁打、30盗塁を達成。98年にパ・リーグMVP。03年オフ、メッツにFA移籍。06年途中でロッキーズへ移籍し、07年ワールドシリーズ出場。アストロズでは09年に日米通算2000安打達成。11年から楽天でプレー。今季は古巣西武に復帰した。日米通算2703安打(日本2088本、米国615本)。177センチ、85キロ。右投げ両打ち。

    引用元: 松井カズオ引退

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