狗鷲タイムス

楽天イーグルスを中心に管理人が気に入ったスレをまとめるブログです

    東日本大震災

    1: 風吹けば狗鷲 2019/03/07(木) 22:28:44.44 ID:/KzNQUk10
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    楽天生命パーク宮城


    楽天は7日、本拠地の楽天生命パーク宮城で使用した座席1000席を宮城・南三陸町へ寄贈すると発表した。
    同町では、楽天イーグルス平成の森球場で継続的に2軍戦を開催してきた。東日本大震災から8年となる11日に贈呈セレモニーを行い、立花球団社長が出席する。

    引用元: 楽天、本拠座席1000席を宮城・南三陸町に寄贈へ

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    1: 風吹けば狗鷲 2019/03/06(水) 12:49:35.40 ID:XFeuo9SZ0
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    沖縄キャンプ中にインタビューに応じた銀次(カメラ・頓所美代子)

    https://www.hochi.co.jp/baseball/npb/20190305-OHT1T50318.html

    引用元: 【楽天】銀次「震災のことは、一生忘れてはいけない」東北の代表として発信続ける

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    1: 風吹けば狗鷲 2019/02/18(月) 09:42:01.87 ID:ZVKkfKZb0
    https://twitter.com/tainaka_m/status/1095861684286087173
    >渡辺謙さん「2020年の東京五輪だって、復興五輪のはずなのに経済五輪になっている。
    >日本が復興していく姿を世界に見せていくところに端を発しているはずなのに、東京だけ盛り上がって」

    何も言い返せんかったわ…

    http://www.news24.jp/articles/2016/11/24/07347346.html
    >五輪ボート会場見直し 宮城・長沼を断念へ
    https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account)

    引用元: 【正論】大正義渡辺謙「東京五輪は東北復興のためになっていない!」

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    1: 風吹けば狗鷲 2019/01/15(火) 18:36:46.35 ID:/fXgArcNd
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    閖上小中学校の慰霊碑に献花し、手を合わせる八森校長(左端)と(同2人目から)清宮、小郷、佐藤、引地、辰己、太田、弓削、渡辺佳、鈴木(撮影・尾崎 有希)
     楽天の新入団10選手が15日、東日本大震災で甚大な被害のあった宮城県名取市の閖上地区を訪れた。昨年4月に小中一貫校として開校された閖上小中学校を訪問し、見学して回った。

     震災で名取市では911人が命を落としたが、うち750人は閖上地区が占めた。現在でも40人が行方不明となっている。
    地区全体を3メートルかさ上げして海抜5メートルとし、真新しい校舎の周辺には新築住宅も並び始めたが、まだ何もないまっさらな土地が多く、以前の町並みにはほど遠い。

     ドラフト1位の辰己涼介外野手(22=立命館大)は兵庫県神戸市出身。生まれた前年の95年1月17日に、阪神・淡路大震災が起きた。直接被災したわけではないが、20年以上経った今も残る震災の爪痕を見ながら、被災地という環境下で育ってきた。

     「家の周りに避難してきた方もおり、仮設住宅で生活している方だったりを見てきた」と当時を振り返る。神戸復興を願う「しあわせ運べるように」を歌い続け、プロ野球選手となった。

     「何かの縁があって東北に唯一あるプロ野球チームに入団できた。子どもの時は地元に何もできなかったですが、これからはプロ野球選手としてできることがあると思っています」と気持ちを新たに。

     まだ傷の癒えない閖上地区を前にして「まだ復興途中と改めて目の当たりにし、元気や勇気を与えられるように、一生懸命背番号7を背負い頑張っていきたいです」と誓った。


    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190115-00000154-spnannex-base

    引用元: 楽天、新人10選手が被災地・閖上地区訪問 神戸出身の辰己「プロとしてできることを」

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    7日の練習で、打撃に励む楽天の嶋
     大きな被害が出た北海道の地震が発生してから2日目の7日、プロ野球・
    日本ハムとの試合が中止になった楽天は本拠・楽天生命パーク宮城で練習した。楽天も、2011年の東日本大震災で地元が被災した経験を持つ。選手たちは当時を振り返り、日本ハムの選手たちに思いを寄せた。

     「野球をやっていていいのか、という思いになったことはあります」。そう語ったのは楽天の嶋基宏選手だ。7年前の3月、東日本大震災が発生した時に楽天はオープン戦の遠征先の兵庫にいた。当時、選手会長だった嶋は「集中しなければいけない状況でも、集中しきれなかったということもあった」。その後、4月にあった復興支援試合で「見せましょう、野球の底力を」とスピーチし、被災地の人たちを元気づけた。

     平石洋介監督代行は「日本ハムの選手も、家族や親族、知人が被災している中で、色々な思いがあるはず」と対戦相手の胸中をおもんばかった。「被災地で苦労されている方がたくさんいる。我々は野球しかできないけれど、なんとか少しでも力になれれば」

     楽天はこれまでも、災害などがあるたびに選手会と球団が協力して募金活動を行ってきた。今回も日本ハムと協力し、8、9日の試合前に選手らが義援金を呼びかける予定だ。嶋は「個人や球団として、力になれることがあれば、取り組んでいきたい」と話した。

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    4月29日の本拠地開幕戦でも嶋はスピーチ。「絶対に見せましょう、東北の底力を」

     西日本豪雨により多くの人が亡くなり、いまなお、たくさん人が苦しんでいる。

     大きな災害が起きた後、いつも思う。
     プロ野球はどうあるべきか、何をすべきなのだろう、と。

     創刊60年を迎えた週べの歴史を球団別に紹介していく企画。7月は30日発売予定で「東北楽天ゴールデンイーグルス編」を制作している。

     その中で見つけた2011年の記事を加筆、修正し掲載する。

     我々、プロ野球に携わるものみなが忘れてはならない記憶だと思う。

     2011年、楽天にとって特別な試合が用意されていた。
     球団創設7年目で初となる、本拠地での開幕戦だ。
     だが、3月11日、未曽有の大震災が東日本を襲う──。

     本拠地球場がある仙台、そして東北各地に甚大な被害をもたらし、日本中が動揺し、悲しみに包まれた。当然ながら混乱は、開幕を2週間後に控えていたプロ野球にも及んだ。
     
     このとき、セ、パで意見が食い違った。開幕の予定は3月25日のセ・パ同時開催だったが、3月17日には、パが4月12日に延期、セは従来どおりの3月25日の開幕と決定された。

     セの決定には、各所に批判の声が殺到。選手会も開幕延期を要望する声明文を提出し、NPBの監督官庁である文科省も再考をうながした。

     セは一度、29日に延期したのち、再びの反対を受け、ようやく「4月12日セ・パ同時開幕」が決定。新井貴浩(当時阪神)プロ野球選手会会長は「選手会の声、ファンの声がようやく届いた」と涙を浮かべながら語った。 

     当時、楽天の選手の心は大きく揺れ動いていた。
     震災から2日後、巨人の室内練習場で練習。そこで主将の鉄平が心情を吐露した。

    「やっぱり仙台、宮城、東北の方々が心配でなりません。家族もそこにいますから、正直、練習に100パーセント集中はできていません」
     選手会長・嶋基宏の「野球をするよりも、1日でも早く被災地に行って、がれきの一つでも片づけたい」も本音だろう。

     安全面を考慮され、約1カ月続くことになった遠征の間、選手からは「早く戻りたい」の声が続出し、話し合いが深夜に及ぶことも多かったという。
     それでも「帰れないのなら、いまできることをやろう」と、先々で義捐金を募り、物資を被災地へ送った。

     選手が懇願し続けていた帰仙がかなったのは4月7日だった。
     翌日には避難所を訪れ、「遅くなって申し訳ありません」と頭を下げた。

     小学校を訪問した田中将大は、選手の訪問に喜ぶ子どもたちとの間に割り込み、邪魔するような形となった報道陣に対し、「僕たちは、そのために来たんじゃないです」と声を荒げた。

     田中は、避難所で過ごす人たちの強さ、温かさを目の当たりにし、逆に勇気づけられ、あらためて思ったという。「これから、みんなと一緒に戦っていきたい」と……。

     そして4月29日、Kスタ宮城で初めての試合。2万人超の大観衆が声援を送った。
     先発し、完投勝利を飾った田中は「終わってしまうのが、もったいないくらいの声援だった」と振り返った。
     
     いま思えば、開催日をめぐる騒動は、プロ野球と被災者、さらに多くの野球ファンとの距離を確実に広げるものだった。
     にもかかわらず、当時、そのことに気づいていない関係者がたくさんいた。

     当時は、本当にいろいろなことがあった。それらを単純化し、一部だけを美化しようというわけではない。

     ただ、この球界の危機を救った大きな要因が、4月2日、チャリティーマッチとして札幌ドームで行われた日本ハム戦での嶋のスピーチ、言葉の力だったと思う。

     楽天・星野仙一監督は「聞いていて涙がこみ上げてきた」と真っ赤な目で言った。

     全文をあらためて掲載しよう。

     あの大災害、本当にあったことなのか、今でも信じられません。

     僕たちの本拠地であり、住んでいる仙台、東北が今回の地震、津波によって大きな被害を受けました。地震が起きたとき、僕らは兵庫県で試合をしていました。家がある仙台にはもう1カ月も帰れず、横浜、名古屋、神戸、博多、そしてこの札幌など、全国各地を転々としています。

     先日、私たちが神戸で募金活動をしたときに、「前は私たちが助けられたから、今度は私たちが助ける」と声をかけてくださった方がいました。

     いま日本中が東北をはじめとして、震災に遭われた方を応援し、みんなで支え合おうとしています。地震が起きてから眠れない夜を過ごしましたが、選手みんなで「自分たちに何ができるか」「自分たちは何をすべきか」を議論し、考え抜きました。

     いまスポーツの域を超えた「野球の真価」が問われています。

     見せましょう、野球の底力を。
     見せましょう、野球選手の底力を。
     見せましょう、野球ファンの底力を。
     ともに頑張ろう東北! 支え合おうニッポン!

     僕たちは野球の底力を信じて、精いっぱいプレーします。被災地のために、ご協力をお願いいたします

     12日から楽天戦(楽天生命パーク)に臨む中日の一部選手が11日、同球場隣接の室内練習場で練習した。初戦12日先発の山井大介投手(40)も若手に交じって汗を流した。今季初戦で山本昌以来の40代完封勝利。次戦3日の日本ハム戦(札幌ドーム)は6回無失点で2勝目。15イニング無失点の「ドクター0」として注目を浴びている。3勝目を挙げれば、8日のソフトバンク戦(ナゴヤドーム)で、勝利したもう1人の「ダイスケ」松坂大輔投手(37)の勝ち星とも並ぶ。

     山井は「キャンプでやってきたことが、いい感じになっている。勝つことでモチベーションも上がっている。ただ(周囲から)無失点って言われると止まってしまう。明日は1イニング目に取られるよ」と冗談めかして笑った。

     山井は、自らも阪神大震災で被災したこともあり、13年オフから東日本大震災で被災した宮城県気仙沼市の児童養護施設「旭が丘学園」を慰問、寄付金やドラゴンズグッズを届け続けている。「しっかり投げて、オフの再会を楽しみにした」とモチベーションを高めていた。【伊東大介】

    【中日山井、楽天戦へ被災施設慰問しモチベーションに】の続きを読む

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