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    準硬式野球

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     10月に楽天を自由契約となった鶴田圭祐投手(24)が15日、楽天と育成で再契約し、100万円ダウンの500万円でサインした。

     16年のドラフト6位で帝京大準硬式野球部から入団した左腕の鶴田。今季はイースタンでの登板が9月13日の巨人戦(森林どり泉)の1イニングのみにとどまり、1軍での登板は2年間で1度もなく、来季は育成で再出発することになった。

     初の1軍登板へ向けて、まずは支配下再登録を狙う左腕は「今シーズンは、自分との闘いのシーズンで、チームの力になれませんでした。来年は、育成から這い上がってチームの力になれるように頑張ります」とコメントした。

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     楽天は30日、鶴田圭祐投手(24)に来季の支配下選手契約を行わないことを通告したと発表した。来季は育成契約する見込みだ。

     鶴田は香川・藤井学園寒川高から帝京大に進み、準硬式野球部に入部。3年秋には最速149キロを計測してプロスカウトの注目を浴びると、16年のドラフト6位で楽天に入団した異例の経歴を持つ。ここまで2年間で1軍昇格は1度もなく、今季はイースタンでも9月13日の巨人戦(森林どり泉)で1イニング投げたのみだった。

     ◆準硬式野球 使用球は、見た目は軟式球で中身が硬式球というイメージ。コルクの粉末と樹脂を混ぜ合わせてできた芯に糸を巻き、表面を天然ゴムで覆っている。準硬式野球出身の主なプロ野球選手は同志社大から99年ドラフト6位で西武入りし、広島でも活躍した青木勇人投手ら。巨人の育成・坂本工宜投手も関学大準硬式野球部出身。

     ◆鶴田 圭祐(つるた・けいすけ)1994年5月12日、滋賀・守山市生まれ。24歳。守山小3年から物部少年野球団で野球を始め、守山南中時代は軟式の野洲ブレーブスでプレー。香川・藤井学園寒川高では1年秋に投手から外野手に転向。甲子園出場経験はなし。帝京大入学直後に準硬式で再び投手に。180センチ、88キロ。左投左打。背番号61。

    引用元: 楽天鶴田戦力外
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    1: 風吹けば狗鷲 2016/11/11(金) 15:48:36.13 ID:w4jAvchb61111
    高校では外野手に転向も、大学進学後に準硬式で再び投手に挑戦

     準硬式魂を見せる。
     10月20日のドラフトでは、桜美林大の佐々木千隼投手が外れ1位で5球団が競合し、ロッテが交渉権を獲得するなどして大きな話題となった。そんな中で、驚きを持って迎えられたのが、楽天から6位指名を受けた帝京大準硬式の鶴田圭祐投手だ。
    ドラフト前は「なんとか育成でもいいから指名が来ればいいのですが」と祈るような気持ちを口にしていたが、蓋をあけてみれば、ドラフト6位指名。「いけて育成だと思っていたので、うれしい限り」と満面に笑みを浮かべた。

    うれしさと同時に、奮い立った。

    「準硬式でやってきてプロで活躍するのは難しいと思われがちだけれど、準硬式でも上のレベルで戦える選手になりたい」

     準硬式と言えば、硬式を断念した選手が自主性を重んじる環境下で伸び伸びと野球を楽しむイメージが一般的には強い。
    鶴田は藤井学園寒川高時代は投手として入学しながら、制球難を克服できず外野手としてプレー。自分に納得できない部分もあった。

    「大学で硬式を、とも思ったが力不足だと思った。でも野球が大好きだから続けたかった」

     そんな思いで飛び込んだ準硬式。硬式に比べて、コーチはおらず練習場所もアメフト場などが主だった。マウンドがあるわけではないため、傾斜で練習できる日も限られた。

    アルバイトとも両立した。それでも「環境は硬式に比べて劣るが、今があるのは準硬式に入ったおかげ。環境を言い訳にしたくない」と言い切る。様々な事情で準硬式に転向したとしても、一度はあきらめかけたプロの道が努力次第で拓けることを身をもって示した。
    努力で拓いたプロへの道「根気強く使ってくれた。先輩方に恩返しがしたい」

     準硬式に入ったからこそ投手に再転向できた。入学当初は選手が監督を兼任している状況。「当時は主将の方が采配をしていた。本当に打たれまくって、試合をつぶしてしまうという時でも根気強く使ってくれた。
    そのおかげで経験を積めたし、ここまで来ることができたんです。先輩方への恩返しがしたい」。

     浅野修平監督は「最近は準硬式でプレーする選手の数も増えている。野球ができるという純粋な気持ちを生かせるし、例えば、ケガで行き場をなくした選手を再びプレーさせられるかもしれない。準硬式はそういう場所でもあると思う」と話す。
    指揮官は鶴田の将来を見据えて、スポーツトレーナーを養成する同大で体についての勉強やプロのトレーナーのもとに通って体作りを勧めるなど、技術以外もサポートしたという。

    硬式に比べて、日頃はなかなかスポットが当たらない準硬式。しかし、鶴田はその中で最速149キロをたたき出してプロ入りをつかんだ。

    「まだまだやらなければいけないことはたくさんある。準硬式球から硬球を握ってすぐは重いなと感じていましたし。まずはしっかりキャンプを乗り切る体力を作っていきたい」

     鶴田の新たな挑戦が始まる。
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161111-00010005-fullcount-base

    2: 風吹けば狗鷲 2016/11/11(金) 15:49:26.98 ID:w4jAvchb61111
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    引用元: 準硬式からつかんだ夢…最速149キロ、楽天ドラ6鶴田が切り拓いた道

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    1: 風吹けば狗鷲 2016/11/02(水) 21:37:57.43 ID:Efz/9wT70
     楽天から6位指名された帝京大準硬式野球部の鶴田圭祐投手(22)が2日、都内の同校八王子キャンパスで楽天長島スカウト部長と後関スカウトから指名あいさつを受けた。緊張からか額に汗を浮かべながら話しを聞き、「ワクワクしかないですね」とプロの世界に思いをはせた。

     滋賀・守山市出身の左腕は藤井学園寒川高時代は硬式の外野手だったが、進学と同時に準硬式の投手へ転向した。同校の準硬式野球部には専用の練習場はなく、朝早い時間にアメフット部のグラウンドを間借りして練習を行っていた。
    学生主体の練習だったため、フォームもYouTubeなどの動画サイトを参考に研究。西武菊池、岸、ロッテ涌井、楽天則本らの投げ方を取り入れ、最速149キロまで球速を上昇させた。

     「準硬式は硬式と比べて日が当たらないですけど、プロに入れたというのは準硬式にとっていいこと」と準硬式野球の星になると意気込んだ。

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161102-01732813-nksports-base

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    楽天から6位指名された帝京大・鶴田投手(中央)は楽天後関スカウト(左)と長島スカウト部長からあいさつを受けた

    引用元: 楽天6位鶴田「ワクワクしかない」準硬式の星にな

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    1: 風吹けば狗鷲 2016/10/28(金) 07:02:14.78 ID:CAP_USER9
    MAX156㎞右腕・田中正義(創価大)、甲子園を湧かせた150㎞左腕・寺島成輝(なるき・履正社)を筆頭に「投手豊作」と言われた今年のプロ野球ドラフト会議。

    上位に居並ぶスター選手を尻目に、下位指名を見ると、各球団の「隠し球」らしき無名選手の名前がチラホラと見られる。
    そのひとりが楽天6位指名の鶴田圭祐。
    帝京大の準硬式野球部に所属し、MAX149㎞を誇る快速球が武器の大型左腕だ。

    そもそも準硬式野球ってどういうものなのか? まず、そこから説明が必要だろう。

    いわゆる「軟式野球」とも違う。中身は硬式球と同じコルクで、表面だけが軟式球のように天然ゴムで覆われた「準硬式球(軟式H号)」が用いられる。
    硬式球に比べて空気抵抗が大きく、球速が5kmほど遅くなると言われているが、鶴田のストレートを単純に硬式に換算したら、150km前半ということになるわけだ。

    そんな逸材が、なぜ硬式野球の第一線にいなかったのか? 
    驚くべきことに、鶴田は高校(香川・寒川高校)時代、投手をしていなかった。
    投手として入学したものの、制球難で投手失格の烙印を押され、そのまま卒業まで外野手としてプレーしていたという。
    チームは鶴田が2年生の秋に四国大会まで勝ち進んだが、甲子園には出場することができずに終わった。

    卒業後、スポーツ推薦で強豪大学に進むことを望んだが、実績不足からどこの大学にもセレクションでふるい落とされることに。
    一度は野球を諦め、一般の受験生と同じように指定校推薦で帝京大に入学した鶴田は、高校の一期上の先輩に誘われ準硬式野球部に入部する。
    準硬式に関する知識があったわけでもなく、「これからは野球を楽しもう」と、最初はサークル活動のような感覚だったという。
    そして、左投手が少ないというチーム事情から「ピッチャーやったらどうや」と勧められ、投手人生を再スタートさせることになった。


    大学の準硬式野球部は基本的にどこも授業優先。強豪校の硬式野球部のように、一日中練習ができるような環境ではない。
    帝京大も専用のグラウンドはなく、アメリカンフットボール部の練習場を借りて、授業開始前の早朝2時間が毎日の練習。
    当然、傾斜のあるブルペンなどはなく、鶴田はずっと平地でピッチング練習を続けてきた。

    また、選手寮もないのでアパートを借りての自給自足。親からの仕送りだけでは足りず、深夜まで近所のスーパー銭湯でアルバイトをして用具代などをまかなってきた。
    それでも「それがハンデだったとは思わない。そういう環境が自分には合っていた」と鶴田は言う。

    http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161028-00074305-playboyz-base
    週プレNEWS 10/28(金) 6:00配信


    no title

    2: 風吹けば狗鷲 2016/10/28(金) 07:03:02.75 ID:CAP_USER9
    帝京大もそうだが、準硬式の場合、ほとんどのチームは硬式野球部のような常勤の指導者もいない。
    日常の練習メニューなどは部員が主体になって考え、取り組んでいるチームが多い。

    そこでレベルアップをしていくためには強い自制心と思考力が必要になる。
    選手達の中には、高校時代の厳しかった環境から解放され、タガが外れたかのように練習しなくなる者もいるというが、それも仕方ないだろう。
    甲子園のような目標があるわけでもなく、子供の頃から夢見ていたプロ野球は、もはや届かない世界になってしまったのだから。

    では、そんな環境の中で、鶴田はなぜ台頭してきたのか?

    「よく周りから真面目すぎると言われるのですが、こと練習に関しては、常に真面目に取り組んできたつもりです」

    と本人も言う通り、元々、考えすぎたり、要領の悪いところがあった。
    だから高校時代は、試合や練習でちょっとしたミスをして監督に怒鳴られたりすると、それだけでテンパってしまい、力を出せなくなることが多かったというのだ。
    それが「大学に来て、準硬式の環境の中で、何かあった時に自分でちょっと考える余裕ができたんです」と振り返る。

    技術的にいえば、硬式よりもやや軽い準硬式球が鶴田には合っていたようだ。
    テークバックがスムーズに取れるようになり、リリースポイントが安定してきた。
    当然、コントロールも落ち着いてくる。本来、鶴田の投げるボールには角度があり、左打者はもとより、右打者も「内角に食い込んでくるから怖さがある」という。それに磨きがかかった。

    また、何よりも実戦を数多く経験できたことが大きかったのだろう。硬式の強豪校であれば、登板機会を得るまでが大変だ。
    特に鶴田のような無名の選手は、甲子園で実績を残したり、プロから注目されたようなような投手が何人もいたら、見向きもされなかったはず。
    皮肉なもので、硬式の表舞台から一度は外れたことで、今の鶴田が生まれたという考え方もできる。

    高いポテンシャルは次第に開花し始めた。入学当時、まだ所属リーグの二部にいた帝京大だが、3年春のリーグ戦、鶴田は青学大戦でノーヒットノーランを達成。
    チームも優勝を果たすと、入れ替え戦も制し、実に25年ぶりとなる一部復帰を成し遂げる。

    そして秋、一部の強豪・日大戦で、現時点でのMAXとなる149kmを記録。好調時、ストレートはコンスタントに140kmを越えるまでに。
    この頃から「準硬式に速い球を投げる左投手がいる」という情報が広がり、リーグ戦でもプロのスカウトが球場に視察に来ることが多くなっていった。

    もっとも、本人はそうした周囲の喧騒に対して半信半疑だった。

    「プロを現実的に考え始めたのは今年の5月くらいですかね。まだ最近のことです
    取材とか取り上げられる機会が増えて、注目されているという実感があったので」

    それでも「自分がどれくらい(プロから)評価されているのか?」という不安はドラフトの当日まであった。
    準硬式の場合、卒業への単位取得や就職活動に集中するため、3年生いっぱい、あるいは4年春のリーグ戦までで区切りを付け、引退する部員が多い。
    そんな仲間達の中で、卒業後も野球を続けることを決意した鶴田は秋まで現役を続けてきた。

    3: 風吹けば狗鷲 2016/10/28(金) 07:03:37.97 ID:CAP_USER9
    そして迎えたドラフト当日。
    大学キャンパス内に用意された記者会見場で、自らの名前が読み上げられると、横に座った浅野修平監督と握手を交わし、ほっとしたような表情を浮かべながら
    「正直、自分では(指名が)あっても育成だと思っていたので、嬉しい限りです」と思わず本音を口にした。

    現実問題として、過去にも準硬式野球出身の投手がドラフト指名を受けてプロ入りした例はある(直近では、群馬大の神田直輝投手=09年巨人育成)。
    しかし、なかなかプロで活躍するまでには至っていない。
    やはり、準硬式での実績をそのまま硬式に置き換えるわけにはいかないのだろう。

    直前に手を引いた球団がある中で、最後まで指名の可能性を伝えてきた球団がいくつかあった。
    その中でも熱心だったのが楽天だったという。
    育成での獲得も可能だった状況で、あえて支配下での指名に踏み切ったのは、この〝未完の大器〟に対する期待の表れともいえる。

    鶴田は楽天について、東北の震災や2013年の優勝の印象が強く「地域の人に勇気づけられたチーム。
    僕も早く一軍に上がって活躍し、地域の人を勇気づけられる存在になりたい」と語る。
    また、同郷(滋賀県)の先輩にあたるエース則本昴大(たかひろ)に対し「尊敬している人。
    力のあるストレートを投げられるので、一緒にやらせてもらって教わりたい」と対面を心待ちにする。

    今年、大学を卒業する学年は、このドラフトでも田中正義や佐々木千隼(ちはや・桜美林大)が1位指名を受け、いまやプロ野球を席捲する勢いがある〝大谷翔平世代〟。
    その中に、鶴田は異色の存在として割り込んでいく。大谷とも同じパ・リーグだけに、いつか対戦する機会に向け「楽しみしかないです」と目を輝かせる。

    そして、一度は野球を諦めた自分をこうして夢の舞台に導いてくれた準硬式野球に対し、特別な思いを語る。

    「今は、準硬式からプロは難しいと思われている。でも僕が頑張ることで、準硬式でもプロでやれるんだと証明したい。
    そうやって、お世話になった人に恩返ししていきたい」

    子供の頃からプロ野球を夢見ながら、高校3年間では開花しきれず野球の表舞台から消えていく選手はたくさんいる。
    鶴田の「準硬式ドリーム」は、そうした選手達にも新しい可能性を示すことになるはずだ。

    引用元: 【野球】異色の“準硬式”149キロ左腕 鶴田圭祐が“投手失格”から楽天にドラフト指名された理

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    1: 風吹けば狗鷲 2016/10/20(木) 23:52:22.92 ID:gV7ZY6kb0
    <プロ野球ドラフト会議>◇20日

     準硬式出身の帝京大・鶴田圭祐投手(4年=藤井学園寒川)が、楽天から6位で指名を受けた。

    【写真】プロ注目準硬式の帝京大・鶴田好投 ストレート魅力

     名前が呼ばれると「よし。良かった」と浅野監督らと抱き合い、喜びを爆発させた。「自分の中ではいけて育成だと思っていたので、正直びっくりしました」と驚いた。

     本格的に投手を始めたのは大学に入学してから。それでも、3年秋リーグ戦では最速149キロをマークし、一気に注目された。目標は「地域の方に勇気を与えている球団だと思います。ファンの方から『楽しみにしているね』と言われる投手になりたい」と意気込んだ。

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161020-01726970-nksports-base

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    引用元: 準硬式出身の帝京大・鶴田「正直びっくり」楽天6位 

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