【君島圭介のスポーツと人間】2018年5月11日、京セラドームのオリックス戦後、楽天のフランク・ハーマン投手が言った。

 「彼は日本を代表する投手で、このチームのクローザーに相応しい。今回は僕に役割が回ってきたが、彼本来の調子が戻れば快くポジションを譲るつもりだ」

 彼とは、同僚の松井裕樹のこと。この試合で3点リードのセーブ場面で9回マウンドに上がったのはハーマンだった。史上最年少の通算100セーブ達成を目前にしながらもうひとつ状態の上がらない松井に代わって、33歳の米国人右腕が守護神を務めた。最終回を三者凡退で切り抜けた後、ハーマンはこの言葉を残した。

 「欧米人は個人主義者の集まり」というステレオタイプが昭和の日本に浸透した。滅私奉公が美徳とされてきた日本社会では、個人主義者は社会や他者より自分の利益を優先する、という認識が一般的だった。だが、それはただの利己主義でしかない。他者の個を尊重して集団の中でしっかりとした役割分担をすることが真の個人主義なのだ、とハーマンは教えてくれた。

 野球というスポーツにおいて「エースピッチャー」「4番打者」、そして「クローザー(守護神)」という絶対的な存在がある。チームの勝敗やシーズン浮沈の鍵を握るポジションで、責任も重いが見返りも大きい。来日2年目のハーマンは主に守護神へと繋ぐセットアッパー役を担ってきた。クローザーの方がはるかに金を稼げることは知っている。今回の配置転換は大チャンスのはずだ。

 だが、ハーマンは「快く譲る」と言った。それは松井裕樹という投手が楽天というチームの中で誰からも愛され、大切な存在であることを理解しているからだ。それこそが、他者の個を尊重して集団の中での役割分担をまっとうしよういう姿勢だ。そして、ハーマン自身も、この言葉よってあらためて仲間の信頼と尊敬を得たことは想像に難くない。

 今は守護神代行として奮闘するハーマンがセットアッパーに戻り、8回を繋いで守護神に返り咲いた松井にバトンを渡す姿が楽しみだ。平成も終盤を迎えたこの時代、いまだに個人主義と利己主義をはき違えている人には、とくに観て欲しい。(専門委員)

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