狗鷲タイムス

楽天イーグルスを中心に管理人が気に入ったスレをまとめるブログです

    評価

    1: 風吹けば狗鷲 2017/08/06(日) 06:46:31.68 ID:Mq2scnxo0
    楽天オコエに出た!今季初タイムリー 「まだまだ」梨田監督は手放しで褒めず
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170806-00000020-dal-base

    梨田監督は「まだまだやることはたくさんありますよ」とあえて手放しでは褒めなかった。だが、V争いに向け重要なピースとなる可能性を秘めている。

    2: 風吹けば狗鷲 2017/08/06(日) 06:46:47.19 ID:Mq2scnxo0
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    引用元: オコエ、梨田にまだ許されてなかった

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    1: 風吹けば狗鷲 2017/07/15(土) 14:54:42.56 ID:VIday4V10
     第99回全国高校野球選手権大会(朝日新聞社、日本高野連主催)の地方大会が開幕した。100回大会の節目を目前にして、今年こそ東北勢初の全国制覇への期待が膨らむ。今季から楽天イーグルスに移籍し、ふるさとのファンを沸かせている岸孝之投手も、元高校球児。当時の思い出を振り返ってもらった。

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    【写真】楽天の岸孝之投手=福留庸友撮影


     中学3年生だった岸投手が進学先に選んだのは、野球では無名とも言える宮城県立名取北高校だった。

     名取北か別の県立高校かで迷って、とりあえず一番近いところって感じで選びました。私学の強豪校に行くつもりは、全くありませんでした。野球自体、どれだけやろうと思っていたか。入部前に、坊主か坊主じゃないかを確認しました。坊主じゃなくてもいいというので入ったんです。

     当時はとにかく坊主が嫌でした。進学を考えた別の高校はその年の1年生は坊主にしていたので、行かなくてよかったと思いました。そちらにいったら多分、野球をやっていない。そんななめた考えだった奴が、よくここまで来たなと思います。

     野球部に入ったが、練習はあまり熱心ではなかったという。甲子園は、はるか遠い存在だった。

     遠投はやっていました。そのころは何も考えずに、遠くにボールを投げたいなと。甲子園に行こうという気持ちは全くなかったですね。私学強豪には、完全に名前で気後れする感じでした。3年生の夏の宮城大会前は、なるべくなら勝って、同級生のみんなと少しでも長く野球をやりたいなという思いはありました。

     でも正直に言うと、大会日程が高校の球技大会とまるかぶりだったんです。そっちも出たいな、負けたら出られるなとか。そういうことも考えていました(笑)。

     そして迎えた最後の宮城大会。1回戦はコールドゲームの参考記録ながら無安打無得点の好投を見せる。1死球がなければ完全試合だった。その投球が、観戦していた東北学院大の監督の目にとまる。相手チームの主力だった息子を見に来ていた。この偶然が、岸投手の野球人生を大きく開くことになる。

     運があったんだと思います。野球は本当に何が起こるか、どこで伸びるかわからない。僕は随分適当にやっていましたが、頑張っていれば、誰かが見ていてくれるんだと思います。そして運良く今、プロ野球の世界にいます。

     2回戦は試合の途中から大雨。守備陣が乱れ、自責点ゼロながら敗れた。名取北の監督だった田野誠さんは「ここで不完全燃焼だったことが、その後の飛躍の原動力になったのでは」とみる。ただ、岸投手自身はクールに振りかえる。

     それなりの自信があって勝てると思っていましたが、田んぼのようなグラウンドだった。後悔といったら天気ぐらいで、これはどうしようもない。最後までやらせてくれた審判の方々には、本当にありがたいと思いました。

     無名の高校球児から、プロ野球界のエースへ。誰もが夢見るストーリーを実現させた岸投手。現役球児たちに贈る言葉とは――。

     僕自身は野球と高校生活、両方を楽しくできたのがよかったと思っています。一回も負けないチームはほとんどない。チームがひとつになって、負けても後悔のないようにするのが一番です。

     甲子園の代表校がどこになるのかなって、プロになってからもずっと注目しています。(構成・津布楽洋一)


         ◇

     〈きし・たかゆき〉 1984年12月4日生まれ、仙台市太白区出身。名取北高校では甲子園出場経験なし。東北学院大学では2006年春の仙台六大学で35季ぶりのリーグ優勝に貢献し、日米大学、世界大学選手権の代表にも選ばれた。
    この年の大学生・社会人ドラフト希望枠で、西武に入団。投手陣の柱として活躍し、08年は日本シリーズMVPに輝いた。14年にはロッテ戦で無安打無得点試合を達成した。16年までのプロ10年間で103勝65敗1セーブを記録。16年オフにFAで楽天に加入した。背番号11。右投げ、右打ち。身長180センチ、体重77キロ。

    引用元: 楽天岸「無名でも頑張っていれば誰かが見

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    1: 風吹けば狗鷲 2017/02/10(金) 10:09:12.10 ID:/0NrSxD60
    1軍で一番早く見れるのはやっぱ寺島か?

    引用元: 寺島、今井、藤平、堀、高橋の現在ってどんな感じや 

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    1: 風吹けば狗鷲 2017/01/18(水)13:16:18 ID:p1c
    ドラフト2位までに指名された高卒投手について考えてみる

    引用元: 今更ながら今井、寺島、藤平、堀、高橋、古谷を比較してみる

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    1: 風吹けば狗鷲 2017/01/20(金) 21:16:40.90 ID:4vYGiONA0
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170120-00000019-spnannex-base

     楽天のドラフト1位右腕・藤平(横浜高)が「マー君級」の評価を得た。Koboパーク宮城の室内練習場で行われた新人合同自主トレで2度目のブルペン入り。捕手を立たせ、シンカーなど変化球を交ぜ20球を投げ込んだ。「満足は全然いっていない」と納得していない様子だったが、周囲の評価は違った。

     視察した小山2軍投手コーチは「スピンが掛かったきれいな球。球の勢いを感じる投手。田中もそうだったが、パッと見てボールの質に可能性を感じる」と、ヤンキース・田中を例に出して絶賛。小山コーチは田中が新人だった07年からメジャーに移籍する前年の13年までともにプレーし、間近で見てきた存在だけに真実味がこもった。

     最速152キロの速さだけでなく、右手関節の柔らかさが回転量の多い球を演出する。藤平は小学校時代6年間、マット運動や鉄棒などの体操も並行して行っており、体に柔軟性があるのが特長。右親指は前腕の内側に付くほどで、スナップを利かせた投球が「質」の高い球を生み出している。

     もちろん、まだウオームアップ段階だ。踏み出す左足が三塁側にいくインステップを矯正中。15日の初ブルペンの映像を約50回見直して、この日に臨んだが「6、7割の投球だが、まだ直せる部分がある」と道半ばだ。目指すのは本格派。「則本さんやエース級の投手のように、自分の満足できる球で勝負したい」。“本物の藤平”はまだまだ高みにある。 (黒野 有仁)

    2: 風吹けば狗鷲 2017/01/20(金) 21:16:52.02 ID:4vYGiONA0
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    関節の柔らかさを披露する藤平

    引用元: 楽天ドラ1藤平はマー君級 小山コーチ「球の勢いを感じる投手」 

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    1: 風吹けば狗鷲 2016/12/31(土) 15:48:26.77 ID:O95ddxp90
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    梨田昌孝監督とタッチを交わすオコエ。この1年間多くの楽天ファンを沸かせてきた、そのスター性は本物だ。 photograph by Kyodo News


     ドラフト会議では、将来性豊かな逸材が数多く1位指名される「豊作」が、数年に1度は訪れるものだ。

     古くは、山本浩二、山田久志、東尾修、有藤通世の名球会選手をはじめ、星野仙一、田淵幸一など主力を数多く輩出し「史上最高のドラフト」と呼ばれる1968年組。

     松坂大輔を筆頭に、高卒選手がいの一番で名を挙げられた1998年。

     大卒の和田毅たちが着実な成長を遂げた2002年の「松坂世代」も、いまだその存在は色褪せてはいない。

     田中将大、前田健太、坂本勇人が指名された2006年の「田中世代」も、評価に違わぬ実績を残している。

     2015年のドラフトは、これほどの「豊作」とは呼べないのかもしれない。ただ、彼らのルーキーイヤーの結果に触れれば、将来性を期待せずにはいられない。喩えるならば、谷繁元信、野村謙二郎、川崎憲次郎、今中慎二など、指名当初こそ派手さに欠けていたものの、後に絶対的な存在としてチームを支えた1988年ドラフト世代のような可能性を秘めているような予感が漂う。

     それは、結果が物語っている。

    引用元: 2015年ドラフト1位組の◯と×。豊作の中でも目立ったオコエ&平沢。

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