1: 風吹けば狗鷲 2020/11/23(月) 21:06:01.07 ID:bgzL2NR40
1年目から一軍戦力として腕を振り続ける青山のキャリアに転機をもたらしたのは、2011年から4年間共闘した星野仙一監督のゲキだった。

 「野球選手でいられれば幸せだな、投げられれば幸せだなくらいしか思ってなかったんですけど、廊下で話をされて、監督室に呼ばれて…。
抑えなりセットアッパーだったり、やる気ないんかと言われて。僕もフラフラしてるんで『いやぁ…』って答えてたら『稼ぎたくなんか。抑えやったら稼げるぞ。プロ野球選手なんだから稼げ』って言われて。『僕でいいんですか』って言ってたら叱られました」

2: 風吹けば狗鷲 2020/11/23(月) 21:06:12.21 ID:bgzL2NR40
 闘将なりの“愛のムチ”が効いた。星野政権1年目の2011年に当時キャリアハイの23ホールド挙げると、翌2012年には自己最多の22セーブをマーク。「プロ野球選手になる」という夢を叶えた中堅右腕がさらなる輝きを放つキッカケになった。

 青山は「本当に荷が重いと思っていたんで。でも、そこからどうやったら抑えられるかというのを考えましたし、ぼくの分岐点ではあります」と当時を振り返った。

引用元: 楽天・青山浩二が引退会見 闘将のゲキ振り返る「僕の分岐点」

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